CLO2 Lab History

1992年、印刷会社の片隅で。

1977年、大学の卒業式の翌日から、父が経営する大阪の印刷会社で働き始めました。

主にビジネスフォーム印刷を扱っていましたが、時代の流れとともにIT化が進み、印刷の需要が減っていくのを肌で感じていました。

ある日、会社の営業社員が客先から戻ると、取引先の経営者からもらったという「二酸化塩素」という黄色の液体を受け取りました。「めっちゃニオイが消えるみたいです」ということで、様々なもので試してみたところ、本当に見事にニオイが消えるのです。しかしその液体はすぐに透明な液体に戻り、効果のないものとなりました。この成分を誰でも簡単に長く使えるものにできたら、すごい発明になるのではないか。

そうして、その日から二酸化塩素の研究にのめり込んでいきました。

悲願の特許技術

当時、世間ではO-157が流行したこともあり、人々の衛生意識は高まりをみせていました。

調べてみると菌やウイルスにも抜群の効果を発揮する二酸化塩素でしたが、「すぐに濃度が低くなり使えなくなってしまう」ことが課題として立ちはだかっていました。もともと、業務用食材の殺菌や紙の漂白として使われている二酸化塩素は濃度がすぐに低くなることを前提に機械で連続的に成分を発生させることで、その課題を補っていました。しかし一般に広く普及させるためには、特別な機械がない家庭でも長く使えるような技術を開発し、誰でも簡単に長く使える二酸化塩素商品である必要がありました。

印刷の事業はそっちのけで、研究にのめり込み、やっとの思いで開発できたのが、自身初めての特許である特許3110724号です。この特許は一度生成した二酸化塩素の濃度を2年以上保持するという特許であり、ついに悲願であった長く使える二酸化塩素技術の開発に成功したのです。

大幸薬品との出会い

特許を取得し、商品化への目途が立ったことで、当時、人件費が安かった中国に会社を設立し、生産拠点を作りました。二酸化塩素は日本では消毒剤として認可されていなかったことから、中国で安全性や効果などあらゆる試験をクリアし、消毒剤として認可を取得しました。それにより中国国内では、医療機器、粘膜等のあらゆる用途での消毒剤として使用することができるようになりました。

そんな中、よく行くゴルフ場で当時は医師で、大幸薬品の一族でもあった、現在、同社代表を務める柴田氏と出会い、特許技術や中国での消毒剤の認可の話をするうちに提携の話となり、既に開発が完了していた空間除菌剤を、大幸薬品が「クレベリン」として発売しました。当時はOEMという形で関わっていましたが、そのうち会社ごと合併となり、専務取締役として大幸薬品内で「クレベリン」を製造するための指揮を執り、また全国のドラッグストア等への営業を担当する役員として従事しました。その後、「クレベリン」の好調もあり、大幸薬品は上場し、私は役目を終え、退任しました。

再燃した思い

私が退職後、「クレベリン」の売上はさらに増加し、他社からもたくさんの空間除菌剤が発売されましたが、この中には「二酸化塩素」と謳いながらも二酸化塩素がほとんど放散されていない商品があったのも事実でした。その後、二酸化塩素製品に対して国民生活センターからの指摘や消費者庁からの措置命令などもありました。私は退職した身だったこともあり、特になにもできませんでしたが、この時から、改めて正しい二酸化塩素商品の普及をしていきたいという思いが強くなったと同時に指摘内容に沿った商品を作るために二酸化塩素の研究を再開したいという気持ちが強くなりました。そして2017年、根拠を示しながらも快適に使ってもらえる二酸化塩素製品の開発を目指して、株式会社CLO2 Labとして事業を開始しました。

※外部試験機関において、溶液から放散された、二酸化塩素により、飛沫を想定したシャーレ内液中ウイルスが99.9%減少することを確認。全ての菌・ウイルス・カビ・臭気に対する効果ではありません。使用空間の環境状態により、効果は異なります。
効果試験結果はこちら